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天皇制度廃止の信条を巧みに隠す大川周明

2014.05.01.09:22

 大川周明が心底では天皇制廃止が信条であるのに、戦後に発表された大川周明論の多くの著作はどれもこれも、この重要事実を等閑視するか歪曲する。大川周明は、自らの天皇制廃止の信条を秘匿すべく、さも“天皇主義”であるかの偽装として、『日本および日本人の道』『日本二千六百年史』などの著作を出版した。だが、この両書には天皇制廃止の“麻薬”が仕込まれており、戦後の共産党の「天皇制廃止」出版物の先駆とも言える。

 さも天皇・皇室尊崇をしているかに世間を誤解させる大川的演技は、大逆事件での幸徳秋水の死刑と治安維持法が存在することにおいて、戦前日本の知識人において、ごく普遍的な言動だった。平泉澄の「皇国史観」は、この種の演技の中では、最も高水準な転倒擬装の妙技だったといえよう(注14)。日本国の廃墟に究極の美を観想すべく大東亜戦争讃美/推進論を展開したプレ・ポストモダン文学者・保田與重郎の天皇讃歌も、ヘルダーリン分裂症型の転倒表現で、広義には大川周明や平泉澄と同じ「演技」に分類してよい。

 尚、これは戦後なので、大川/平泉/保田とは一緒に括れないが、共産党を離党してアナーキストに転向した『大東亜戦争肯定論』(一九六五年)の林房雄も、天皇制廃止を信条とし、同じ手口を使っている。林房雄の『神武天皇実在論』(一九七一年、光文社)は、自分の信条を隠して虚像をデッチアゲるための擬装用出版物だったろう。はるか昔の歴史の話で煙に巻き自分の逆イメージを創るのは、大川周明でなくとも、世界共通の革命家の常套手段である。蛇足だが、『大東亜戦争肯定論』は、(朝鮮戦争に勝利できず落ち込む)金日成・主席を慰撫する献上本として、朝鮮総連が(高額の執筆料を渡して)林房雄に書かせたのが真相のようだ。

 大川周明が、“第二の幸徳秋水”で天皇制廃止の教条的マルクス・レーニン主義者である正体(自分の真像)がバレそうになった時が二度ある。『日本および日本人の道』(一九二五年)と『日本二千六百年史』(一九三九年)の出版によってである。

 すなわち、大川周明とは“反・天皇制度(天皇制廃止)”のイデオロギーを秘めていただけではない。北朝鮮人で社会主義者の福島瑞穂や土井たか子と同種の、激したマルクス・レーニン主義からの“反・日本”主義者でもあった。日本列島は“日本民族の国土”ではなかったなど、大川の“日本(自国)憎悪感情”は半端でなかった。重版では修正したが、『日本二千六百年史』の初版では、次のような主張がなされていた。

「日本は、おそらくアイヌ民族の国土であった」(注14)。



 また、大川は、自らのレーニン狂から“ロシアの犬”を満川亀太郎ともども自認し、日本の対ロ戦争は防衛を含めていかなるものも絶対反対した。そればかりか、レーニンが第一次世界大戦中にロシア人民に革命を煽動した同じ論調で、日露戦争で勝利に喜ぶ日本人を「プロレタリアート」に洗脳して“日露戦争憎悪感情”を植えつけんとした。

 他の著作とも総合するが、『日本二千六百年史』は、大川周明は白鳥敏夫と同じく、教条的な「親ロ」で日ソ同盟論者だったのを暴いている。

「(日露戦争で徴兵され戦死し)妻子を飢え泣かせた者、出征のために家産を倒せる者、老親を後に残して屍を異境に曝せる者は、実に幾十万を算した。戦争の悲惨は平民のみよくこれを知る。けれども彼らは与えられるところはなかった」
「平民は(日露)戦争に疲れ果てたる上に悪税を存続せられ、富豪は特別なる眷顧を受ける」(注14、カッコ内中川)。



 『日本二千六百年史』という表題から、当時の読者の多くも、大川周明を民族主義もしくは日本主義だと誤解しただろう。それが狡猾な民族系コミュニスト大川の狙いでもあった。しかし、『日本二千六百年史』の内容は、“日本憎悪”が基調の上に、明治天皇をレーニンやスターリンと同じ「専制者だ」と誹謗したり、奈良時代や平安時代の朝廷を「族長相談処(所)」だと罵倒したり、大川の“反・天皇”感情は共産党員そのものほどに激しく、まさしく“幸徳秋水のクローン”であった。

「ロシア革命はレーニンおよびスターリンの専制によつて成りつつある。しかして明治維新は、実にその専制者を明治天皇において得た」
「(朝廷とは、議長が天皇の、天皇族の)族長の相談処たりしもの」(注14)。



  天皇制度に対する大川周明の憎悪感情は、一九二五年出版の『日本および日本人の道』においては、もっと凄い。そこでは、天皇を日本国民の視界と心理から消す、手の混んだマジック・ショー的な詭弁を展開した。日本をして天皇不在と国家不在の国家廃滅に誘導する、それが大川周明の核心を占める真なる思想だった。

 『日本および日本人の道』は、一言で言えば、「忠君」という天皇への尊崇や忠誠を否定するドクマの本である。なぜなら、大川は「<忠君>の本質は、天皇において生命の本原を認める一個の宗教たる点に存します」と(注15)、天皇は透明人間であり天皇を仰ぎ見るのは透明で不実在の天皇の向こうにある<生命の本原>を観想して信仰することだと、奇怪なレトリックを展開する。

 このレトリックの種を明かせば、天皇を門柱に幻影で映し出し信者を引き寄せ、信者が門柱に来たら天皇の像は虚空に消え、信者はいつしか奥にある暗闇の寺院(アナーキズム麻薬を投与する魔窟)に引き摺り込まれている、そんな宗教勧誘の手口である。大川において、天皇は、呼び込む時の蜃気楼に使われているだけで、実在しない。

 大川は、こうも言う、「(忠とは)天皇を通じて神に随順することに外ならない」、と(注15)。「神のみあって、天皇なし」の大川流詭弁は、天皇を手段的に活用する天皇不在のカルト新興宗教の教宣(アジプロ)だろう。そして脳梅毒の幻覚なのか、自らをキリストやマホメットに擬して、日本国を超越する絶対神だとまで言う。

「私は家国を超越する天上天下唯我独尊の大川でもある。私の魂の最も深い処において、私は純乎として純なる神を拝することができます」(注15)。




中川八洋筑波大学名誉教授の論文“強度の共産主義シンパ”西尾幹二を「保守」という冗談(ジョーク)──“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(Ⅷ)を、中川文体の入門者用に易しくしてみました。
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